CHOCOLATINOのなまけもの日記

パンツ

太古の昔から 未来永劫 存在しつづける 「もの」なんてあるだろうか。

物質として存在する もの は いつかは消滅する。


私は 「もの」 の価値は 存在している間に「どれだけ使われたか」 にあると思う。

傘には傘の、靴には靴の 置物には置物の 役割がある。


いくら高級品でも、押入れの奥にしまわれてしまったら 価値がない。

何年もたって 出てきたと思ったら、結局使わずに捨てられる。

それだったら、100円ショップのものを使い倒してから 捨てられたほうが

よっぽど 価値があると思う。



今日 とある試験を終えた私は、帰ってきて 家の掃除をしていた。

ふと、1枚のパンツが出てきた。

パンツとは 下着のパンツ。 ズボンのことを最近ではパンツというので念のため。

見せてもOKなおしゃれパンツで、まだ新品同様。

持ち主は「いらない」と言った。他の人も「いらない」と言った。

私は そのパンツを 雑巾に使うことにした。

ベランダの汚れを落とす雑巾を探していたのだ。



エクアドルで、農園にお邪魔したとき(2011年5月10日「コタカチ」日記参照)

そこに住むAさんは 古くなった子どもの靴下を トイレの掃除に使っていた。

素晴らしい!と思った。

要は 布 なんだから拭ければなんだっていいのだ。

その靴下は「靴下」と「雑巾」という2つの役割を果たして

その生涯を 閉じたのだ。・・・あっぱれだ。

私はそれ以来、捨てる前に、何かに使えないか 考えるようになった。

使うことで気持ちよく捨てられるのだ。



その新品同様のパンツも、そのまま 捨てるのは 非常に「もったいない」と思った。

ベランダを拭くと ものすごく 汚れるので 使い捨てペーパーだと思って 使えばよい。

そうすることで 心残りなく 捨てられる。


使わないことは「罪」である。

使わないで捨てることは「重罪」である。


誰かが 使わないで捨てようとしているものを 

どこかの誰かは ものすごく 必要と しているかもしれない。

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