CHOCOLATINOのなまけもの日記

ウユニ塩湖

6月28日

ウユニ塩湖へ。


前日夜9時ラパス発の夜行バスでウユニの町へ。

着いたのは朝8時半ごろ。

ホテルの方に聞いておいた お勧めのツアー会社に行き、申し込む。

日本人も他に3人いた。(女性2人組と、男性1人)。

そして4人で朝食をとり、ツアー開始。


ワゴン車で まず着いたのは「電車の墓場」

荒涼とした大地の中に、使われなくなってさびた電車が沢山。

哀愁漂っていました。



次に、ウユニ塩湖。

今は乾期なので、真っ白の塩の大地がどこまでも続いています。

DSCF8328_convert_20110630042657.jpg

雪の上を走っているようでした。

雨期には、表面に水が張って、鏡のような美しい景色が見れます。



次に「魚の島」という、サボテンが沢山生えたところへ。

遠くから見ると魚に見えるから、そう名づけられたそうです。


ここで食事。

同じツアーの方たちと塩のテーブルで。

ツアーには、私たち日本人の他に、ボリビアから来たという2組がいました。

島の頂上に登ってみました。


DSCF8299_convert_20110630040202.jpg


とにかくものすごい風で、吹き飛ばされそうでした。

同じ地球とは思えない景色でした。


日本人4人で、トリック写真を撮り合いました。

DSCF8292_convert_20110630035647.jpg

DSCF8310_convert_20110630040824.jpg

DSCF8311_convert_20110630041504.jpg

DSCF8313_convert_20110630042222.jpg

一人だったら撮れなかったので、楽しめてよかったです。

トリック写真を撮っている最中、いきなりノースリーブのワンピースに裸足の女性が現れた。

韓国人らしいけど、写真に勝手に入ってきたりと、不思議な行動をとっていました。

ものすごく寒いのに、何であんな格好をしていたのか謎です。



その後は、ウユニの町に戻りました。

帰り道、夕日を浴びるウユニ塩湖はとてもきれいでした。

1泊すれば、満点の星空や朝日、フラミンゴ等が見れるので

本当はそれに参加したかったのですが

次回のお楽しみ、ということで。。


また、雨期に来れたらいいなと思います。

そしてラパスに戻ってきました。


ラパス最終日、日本食レストランにて「トゥルチャ(ます)チラシ定食」を食べました。

とても美味しかったです。



余談ですが、プーノからラパスへ陸路での国境越えは、かなり無謀なことだったようです。

プーノでは死者も出て、ペルーでは久々の非常事態だったようで

外務省では飛行機での移動を喚起していました。

今となっては無事でよかったですが。。


明日の早朝の便で日本に向かいます。

マイアミで1泊するようなので、日本に着くのが7月2日になります。

4ヶ月ぶりの日本。

私が南米に来たのは地震の10日前なので、
この4ヶ月の間に、日本は大きく変化したと思います。

私自身は、変化したのか自分ではよくわかりません。
でも、4ヶ月前よりも、色んなものを見たり、人に出会ったりして、沢山の刺激を受けたのは事実。

ただ、日本に帰ってからのほうが、色んな意味で厳しい生活が待っているのだろう、と思います。

家に着くまでが旅。

後ろ髪惹かれつつも、最後まで気を抜かず、日本に帰ります!




スポンサーサイト

国境ロードムービー

無事、ボリビアのラパスに着きました。

いや~、長かった。プーノからボリビア。

朝、プーノのバスターミナルに行くと、船でなくて陸路でいけるとの事。

17時前にはラパスに付けるよ、とセニョール。

21時発のウユニ行きバスにのってウユニで1泊したいと思ってたので、ちょっと安心。

一緒のバスに日本人女性も乗っており、心強かった。

彼女はボリビアに6ヶ月ほどボランティアで住んでいるとのこと。

朝 8時過ぎ、バスは夢と希望を乗せて プーノ出発。


しかし


1時間後 バスが止まる。


でた、ストライキだ。

ストライキって、名前で聞いただけだったけど
初めて目の当たりにしました。

DSCF8235_convert_20110628071527.jpg

住民が政府に対する要求が思い通りにならないときなど
道を岩や土で封鎖してしまうそうです。
政府に対する精一杯の抵抗の形、ということでしょうか。

そこを通る観光客も当然とばっちりを受けるわけです。

しかし、そんなときでも欧米の観光客は楽しむことを忘れない。
運転手がいないのでドアが開かず、外に出れない。
すると勝手に運転に入り込み、ドアをあける。

DSCF8232_convert_20110628072645.jpg
アメフトを始めるカナダ人も。
ボールが池ポチャしてさらに盛り上がってました。

かれこれ2時間。

話し合いの末、通れることに。
岩と土の山を 2階建てバスが強行突破。
ついに進むことができた。


しかし、また1時間後、バスが止まる。


続いての障害は、電信柱の棒。

待つこと2時間。

突破。


その後も、何度かブロックの障害が。

それでも私たちの赤いバスは
スーパーマリオのごとく、次々とブロックを突破。


ようやく、ペルーとボリビアの国境地帯についたのが16時近く。

国境付近のコパカバーナ(ボリビア)からラパスのバスターミナルまで3時間くらいらしいので
なんとか21時のウユニ行きに間に合うかな。


しかし

ボリビアはペルーより1時間進んでるんだった。

コパカバーナに入ったら あれ、今17時?

ぎりぎりだなぁ。

バスの運転手は「すぐ出ます」というので待ってた。
しかし、なかなか出発しない。

日本人女性のYさんは、21時にラパスを出発する人がいるから
早く出てください、と抗議してくださった。

それでも 出発しない。

結局 すぐ出ると言ってから1時間半くらいで やっと出発。

すぐ出ないなら そう言ってくれたら
ローカルのバスでラパスまで行く方法があったのに。

途中で、川だか湖を渡るため、ボートに乗り換える。
荷物を乗せたバスも、船に乗って渡る。

橋を作れば5分で渡れるところを30分以上。
地元の人がこれで生計立ててる関係で 橋を作らないそうだ。

空は、すでに満点の星空。

南半球でしか見れない、南十字星も見れた。
天の川も。


それで、結論ですが、

バスターミナルに着いたのが 22時。
ウユニ行きのバスはすべて終っていました。

あの、コパカバーナでの待ち時間がなければ
間に合ったかもしれない。

苛立ちと、疲れの中、
スーツケースとバックパックを持ち
夜のボリビアに立ち尽くす・・

しかし、こんなところで荷物取られてたまるか!と
最後の気力を振り絞り
地球の歩き方に載っていた
日本人が経営してる宿に連絡し、泊まりました。

ウユニ1泊は断念し、日帰りで行くことに決めました。

そんなボリビア初日。


ボリビアへの道

6/24、インティライミの日の夜 クスコからボリビアのラパスへ向かう。

クスコで出会った日本人の友達が
陸路で行って問題なさそうだったので
私も飛行機代をけちって、長距離バスで行くことに。
予めチケットも購入しておいた。

ターミナルに着くと、
私の到着を待ち構えていたかのように慌ててバス会社の人に呼ばれた。

ラパスに行く途中で起こっているストライキの関係で
ラパスへ直行で行けないとのこと。

はい、お決まりのうまく行かないコースの始まりです。
今までのペルーでの経験から
スムーズに行くことのほうが少ないだろうと思っていたけれど。

とりあえずボリビア国境付近のプーノまで行くことに。
そこから乗り換えでボリビアに行けるようなので。

しかしプーノに行く途中でもストライキがあった。
道を迂回して こんなとこバスで行くかっていうような悪路を走る。

出発から13時間近く、プーノに無事着いた時は
乗客から拍手喝采でした。

プーノでラパス行きのチケットの手配をし
その日の14時半の出発までのんびり過ごす。

集合時間になったので窓口に行った。

しかし、今日ラパスへ向かうバスが中止になったとのこと。

えぇーーまたか。。

明日の朝まで待って、ボートで8時間、陸路で4時間だそうだ。

帰国も迫っており、あまり時間がない中このロスはきつい。
でもこれも陸路を選んだ運命。

まさかまたプーノで一泊することになるとは思わなかった。
プーノを歩いていると、銀行の窓ガラスが割れていたり
なんだか物々しい雰囲気。なんだかこの前とちょっと違う気がする。

無事ウユニ塩湖へ行けますように。。

インティ・ライミ

6月24日

この日は 太陽の祭り、インティ・ライミ。

南米三大祭りのひとつで、かつてインカ帝国の都であったクスコで行われます。

以前本で見て、行きたい!と思い、この日を心待ちにしていました。


舞台は3個所に移動して行われます。

最初は朝の9時からコリカンチャ(太陽の神殿)にて。

DSCF8142_convert_20110626011345.jpg
ここは人でごった返していてよく見えなかった。


次にアルマス広場。
DSCF8156_convert_20110626011836.jpg
背景がキリスト教の教会なので、ミスマッチで不思議な感じですが
スペイン制服前も、この場所はインカの中心部だったらしいです。


舞台の最後はサクサイワマン。

ここはインカの要塞だったと言われている遺跡で
クスコの街から歩いて30分くらい登ったところにあります。

私はツアーに参加したのでバスで移動しましたが、
クスコ中の人、観光客がいっせいにわ〜っと移動するので道路はものすごい混雑。
結局最後は歩きました。

そして、サクサイワマンでの儀式。

心臓の鼓動のような太鼓の音と共に、
色々な種類のカラフルな衣装を身にまとった人たちが続々と入場。

DSCF8182_convert_20110626010053.jpg

DSCF8206_convert_20110626012948.jpg

中心では劇のようなものが行われて、すべてケチュア語でした。

DSCF8191_convert_20110626011003.jpg

中盤で生贄としてリャマの心臓が捧げられました。
遠くから見てすごく大きかったので作り物かと思ったら本物とのこと。

約2時間、最後は出演者全員が会場をぐるっとまわって退場。
王や妃など とても近くで見ることができました。

DSCF8220_convert_20110626013347.jpg

DSCF8222_convert_20110626013622.jpg

音楽や衣装、雰囲気がとても好きな感じだったので
ケチュア語はわからなくても 見ているだけで楽しめました。


ただ、不満だったことがいくつか。。

始まってから30分以上しても 会場に入ってくる観光客がぞろぞろ。
道の混雑のせいなのかもしれないけど
私の席は出入り口付近だったので、めちゃくちゃ気が散った。


あと、観光客の自己中心的さ。

一番前に 多分許可の降りた撮影陣がいたのですが
その人たちが途中で私の席の付近に移動してきた。
するとその付近の観客がいっせいにブーイング。

写真を取る時視界に入るので、それが気に食わなかったんだと思いますが
儀式も始まってるのに

うるさーーーい!!いいから与えられた場所で黙って見てろ!!

と思いました。

隣の席の女性もいいカメラ持ってたので
写真にこだわってる人だと思うけど
途中入場してくる観客がいる度、舌打ちしていて
たまりかねたようで撮影陣の中に入り込んで撮影していました。

秩序とか何もないな。。
インティ・ライミにかける想いがアツいのはわかるけど。。
より良いポジションで見たい、写真撮りたいのはみんな同じ。

スタッフも、出演者が通るところにゴミが落ちていても拾わない。
拾って下さいと言いたいが勇気が出なかった矢先
観光客のひとりが拾いに行っていて 心の中で拍手。


そんなことでいらつく場面もありましたが、
無事、念願のを見ることができて
しばらく余韻にひたりながらクスコを後にしました。

それからこの日、姉から無事男の子が生まれたと連絡がありました。
めでたいです!
初の甥っこに会えるの楽しみです。

クスコのシャーマン

本日は、コルプスクリスティというキリスト教の祭り。

中心のアルマス広場には15体のキリスト教像が終結。

クスコ中の人がアルマス広場に集まりました。


街をぶらぶら。

すると、MAGIC HAND という名前の怪しげな店を発見。

外からは暗くてよく見えないけど、アクセサリーを売ってるみたい。

見るだけ~と思って入ってみた。

店員は、インディヘナのふくよかな男性。

売っているものはアクセサリー中心で、なかなか素敵なものが多い。

しかし、この店はただの店ではなかった・・・・


なぜって、ここの店員は、人のオーラの色が見えるらいいのです。

私の色は「オレンジと青緑」らしい。

これが意味するのは、優柔不断。

うん、確かに合ってる・・・。


そして私の手をとり、目をつぶると何やら分析し始めた。

「あなたは、悪い気も良い気もすべて吸収してしまう。」

へぇ、そうなんだ。。


「頭と心が切り離されている。
 つまり、本能で感じていることと、頭で考えていることが半々。」

ふむふむ、わかる気がする。


「肩にすごく圧力がかかっている」

おぉ、確かにそうだ。たった今、肩懲りのために湿布貼ってますけど。。


なんでも、肩に圧力がかかっているのはすべての気を吸収してしまうからなんだとか。

「あなたの性質は 水 です」

おぉぉ、確かに細木和子の占いだと水星人だ。



その間、何人かほかの客が店に入ろうとしていたが鍵を締め切って入れなかった。

なんでも、オーラの色で、入れるか入れないか判別しているそうだ。


この人はもしかしてだだものではないのでは・・・??!

半月はここで店をしていて、半月は山でメディカルの仕事をしているとか。

先日はアラニス・モリセットの診療もしたとか。

明らかに誰でも知ってるハリウッドスターだど嘘っぽけど
アラニス・モリセットっていうあたりが本当っぽいぞ。

世界中から送られてきた、感謝の手紙があり、
ちょこっと見せてもらったが、不妊症で悩んでる人が彼の治療のおかげで
子供を授かったという内容のものだった。


で、私の悪い要素を改善する方法は・・・・


ちゃららら 「オパール・デ・フエゴ~~」


出ました。ネックレス。

とっても綺麗な石がはめ込まれてあり、

これは川で取れるもので 闇市だと500ドル以上するそうだ。

裏には、ワイナピチュとマチュピチュでとれた石と、ムーンストーンなどの天然石が。

本当かどうかは別として、デザインなどは好みです。

で、気になるお値段は??



「1000ドル(約8万円)です。」


どっひゃーーー。


「す、すみません。私そんなにお金持ってません」

「特別に値引きします。220ドルです。」


うーん、それでも高い。


「ほかに何か解決策はありませんか。」

「私と結婚することですね(笑)」

って、おい。


自分の性質が水なので、川で採れた石と非常に相性がいいらしい。

2、3ヶ月していれば、悪い気もシャットアウトしてくれるので肩こりも改善されるとか。

しばらく店員と話をしていたけれど、なんだか完全に彼のペースに乗せられてしまいましたね。



で、買ったか買わないかというと。。


結局買ってしまいました。


これを読ん下さっている皆様の中には、「あぁ、見事にだまされやがったな。」と思っているかもしれません。

はい、ばかと言ってください。


でも、いいんです。

壷や羽毛布団みたいにかさのあるものではないし、

いいネックレスを探していたのは確かだし、ネックレス自体は気に入ったし・・。

それでも、間違った道に行くな、と思ったかたは、

日本に帰ってからどうぞ、お叱りください。


けれど、先日のコカの葉占いのおばちゃんよりも

よっぽど信憑性のあることを言っていた気がしました。

クスコにお出かけになった際には、「MAGIC HAND」へ足を運んで見てはいかがでしょうか?!

彼こそ、クスコのシャーマンだと思います。 (・・多分)



さて、本日は、クスコの街がキリストの像でいっぱいになりましたが

明日はうって変わって、クスコにインカ帝国が蘇ります。

そう、「インティ・ライミ」(太陽の祭り)です。

そして明日がクスコ最終日。

夜にはボリビアに発ちます。

インティ・ライミはペルーの旅の大きな目的なので、楽しみです!


チチカカ湖

6月20日

そんなこんなで やっとこプーノに着いたのは午後1時過ぎ。

その日は目当てのチチカカ湖へのツアーはもう終わっているということで、

プーノで1泊して、次の日チチカカ湖へ行くことに。

バスターミナルで客引きしていたツアーの人に、ツアー、宿、帰りのバスチケットを申し込んだ。

タクシーでチチカカ湖を見渡せる、コンドルの丘に行った。

DSCF8011_convert_20110623091139.jpg

ここアンデスの人々の新年は6月21日だそうです。

つまり着いた当日は 日本で言う大晦日。

夜遅くまで 街はお祭り騒ぎでした。

私は喉が痛いので早く寝ました。


6月21日

アンデスの新年が明けました。

モーターボートで、いざ チチカカ湖へ出航。

最初に着いた島はウロス島。

ここは、世界の果てまでイッテQでイモトが行ってるのを見て、すごく印象に残ってた所。

島は、すべてトトラと言う草で出来ている浮島なのです。

島は50個くらいあり、それぞれに名前がついています。

カラフルな民族衣装の島人がお出迎え。

アイマラ語での歌を披露してくれました。

DSCF8033_convert_20110623081847.jpg


そこで、ツアーに参加している人もそれぞれの国の歌を歌いましょう、ということに。

え、一人で参加してるのに。。そういうのいいよ。。

ブラジル、フランス、スペイン、オーストラリア、ロシア等、各国の方々が歌を披露。

私は、日本代表として「上を向いて歩こう」を歌いました。

あ~恥ずかしかった。。


ウロス島は、きちんと病院、学校、レストランなどもありました。

バルサという、トトラで作った舟に乗りました。

舟は2つ選択肢があって、

DSCF8038_convert_20110623082912.jpg
↑大きいのと

DSCF8041_convert_20110623084918.jpg
↑小さいの。

私が乗ったのは小さいほう。


次に着いた島はタキーレ島。
ここは、浮島ではなく普通の島ですが、電気や水道は通っていません。

昼食は、チチカカ湖で採れたマスの料理をいただく。とっても美味しかった!

DSCF8051_convert_20110623085646.jpg

ここタキーレ島の男性は

既婚男性は赤い帽子、独身男性は赤と白の半分に色が分かれた帽子をかぶるそうです。

ちゃんと小学生くらいの男の子も「独身用」の帽子をかぶっていました。

あと、夫婦はお互いが織った織物を身にまとうそうです。

ここタキーレ島の民家に一泊するツアーもあり、電気のない生活が体験できるそうです。

行ってみたかったけど、風邪の調子が悪いのもあり、日帰りコースにしました。

昔から変わらない生活を続けている島の人々。

私たちにとっては観光地だけど、彼らはそれが普通の生活なんですものね。

チチカカ湖に行けて良かったです。


帰りのバス。

良く寝たいので、180度リクライニングできるほうの席を予約してお金も払っていた。

けれど、ガイドによると普通の席しか無かったそう。

それでは仕方ないけど、いい席のお金を払ってたので、

普通なら多く払った分返しますよね。

したら「その分は自分へのチップに」だって。

えぇ~、そうなるの?

さすがに、それは嘘つきだ、的なこといいました。

けれど、返す気配は無さそう。

そのガイドがそれまでも時間通りに来ないし、そういう過程もあって

不機嫌極まりない態度をとっていたら さすがに察したのかコカ茶をおごってくれました。

こういうことは、南米だから、と大目に見ないといけないのでしょうか。。

この程度のことで切れている自分は心がせまいのでしょうか。。

感覚がわからなくなってきます。

プーノへの道

6月19日

チチカカ湖のあるプーノへ。

今回はツアーに参加せず 自力でバスで行ってみることに。

バスのチケット購入。

通常はクスコから8時間以下だけれど、ストを避けるため 遠回りになり12時間かかるそう。

バスは2階立てのが通常で、

1階は ほぼ180度リクライニングできるちょっといい席。

風邪気味なのもあり、10ソーレス(約300円)プラスすれば1階席になるので、それにした。

夜8時半クスコ出発。

ソファもふかふかで快適。これで12時間の長旅も快適に過ごせる!


・・・しかしここはペルー。そう簡単にはうまくいかない。


出発して4時間ほど経った夜中の12時。

突然バスが止まる。

何度もエンジンをかけようとしているが、かからないようだ。

嫌な予感・・・

時間だけが刻々と過ぎる。


1時間、2時間・・・・ 


他の客は寝ているが、心配で眠れない。

ネガティブな感情ばかり湧き上がる。

暗闇 沈黙の中、考えたことは


「日本に帰りたい・・・」


どこで止まったのかわからないけど

標高3000mを超えるアンデスの山地。しんしんと冷えてくる。


そして東北大震災の被災地の方々のことを考えた。

その恐怖は、私の想像を絶するものなのだろう。 

そして今も、たくさんの避難所生活を送っている人がいる。


結局エンジンがかかったのは、5時間後の早朝5時。

一睡もできなかった。。



無事 進んだはいいものの、その後、1階席に謎の 粉 が発生。

私のとなりにある、飲み物が出てくる機械の下から。
(絶対正常な飲み物が出てくるとは思えない)

周辺が砂漠のような所だったので

どこかから砂埃が入り込んでいたのかわからないけど

粉だらけになって、2階席に非難している人もいた。

出発から17時間後、ボロボロの状態でプーノに到着。

風邪も悪化した気がする。

コカの葉占い

6月18日

「コカの葉占い」へ行ってきました。

日本語の勉強をしている方が2人、通訳で付いてきてくれました。
占ってくれるのは、普通のインディヘナのおばちゃん。
特に占いとか書いてあるわけでもなく、ただ道端に座っているだけ。
その学生さんが言うには、98%当たるとか。いつも行列ができているらしい。

まさに、新宿の母ならぬ、クスコの母

残念ながら撮影の許可が下りなかったので、写真は載せることができません。

自分の将来のことを占ってもらうことに。

3ソーレス渡して、名前を聞かれ、
おばちゃんが鈴をならして コカの葉をテーブルに振りまく。

内容はこんな感じ。

「これからうまくいく」
「お金も儲かるはず」
「旅行にも行く」
「これから素敵な人が現れる」
「娘ができて、その後は息子ができる」

仕事運は、自分で会社を立ち上げてもうまくいくそう。

恋愛運は、遠くの地で出会いがあるそうだ。

ちょっと漠然としている部分もあるけど
良いことしか言わなかったので、とりあえず信じてみよう。

しかし、遠くの地で出会うとは、せめて国内なのか海外なのか聞けば良かった。


その後は、通訳の方と市場へ。

果物を3種類買って、近くの公園で食べた。
チリモヤ、リマ、グラナディージャ。
どれも日本に無いもので、とっても美味しかった!

DSCF6971_convert_20110619112801.jpg
チリモヤ

その後、もう一人日本語を勉強中だというお友達と合流し、昼食へ。

途中の道で、泥棒市と呼ばれる市場を通る。

なぜ泥棒市かって、盗んだものが売られていることで有名だからです。
もし何か盗まれたらここで見つかることもあるのだとか・・。

新しそうなものもあるけれど、
中には履き倒したような靴や、何十年前のだろうと思うようなテレビや
さびた何かの部品のようなものが売っていた。

観光客向けのショップが並ぶところからそう遠くないところで
こんな市場があったなんて。

DSCF6973_convert_20110619112634.jpg


昼食は、地元の人しか行かないような食堂で。

クスコでは、宿周辺は観光客向けのこじゃれたレストランがほとんど。
かと言って一人でこういう場所に行く勇気もないので、
地元の雰囲気が味わえてとても嬉しかったです。


しかし量が半端じゃない。

4人で2皿で十分。ジュースのコップもビックサイズ。

DSCF6975_convert_20110619101852.jpg

飲み物を飲む前に、「パチャママ」と言いながら床にちょっと足らすんだそうです。
パチャママ(母なる大地)に捧げるためだそうです。

ペルーの地元民の生活が垣間見れて、有意義な一日でした。

アレキパ散策

6月17日 

前日の夜、コンドルの谷からアレキパの街に戻ってきた。

そして朝から、アレキパ一周バスツアーへ。
バスといっても、2階が開放になっている観光向けのもの。

すると、となりに座った男性が日本語で「日本人ですか?」と話しかけてきた。
見かけはペルー人なので、びっくり。

話をしてみると、どうやら日本に出稼ぎのため10年間住んでいて、
地震の後、ペルーに一時的に戻ってきているそうだ。

しかも埼玉の所沢に住んでいるとのこと。近!

その後も、ガイドのスペイン語の説明がわからないところを日本語で解説してくれ、
大変助かりました。

まさかペルーの地で、ペルー人と、西武線の話ができるとは思いもしませんでした。


バスツアーの後は、アレキパ市内の博物館へ。
ここには「フアニータ」という14、15歳の女の子のミイラが展示されています。

インカ時代、山の噴火を鎮めるために生け贄にされたと考えられているようです。

フアニータを見る前に、見つかるまでの経緯をビデオで見たり
体に包まれていた布や備品の展示などを見ました。

彼女のお母さんが作ったという織物の布もありました。

私は子供はいないけど、自分の子供が生け贄にされる親の気持ちはどんなものなんだろう。
どんな気持ちでこの布を織ったんだろう・・と思いました。

6000mを超える山地で見つかったため、凍結により保存状態は大変良かったです。

ガイドが言うには、彼女はミイラでなく、「凍った体」なんだそうです。
なぜならミイラは内臓はとられて乾燥しているけれど、
彼女は内臓も残っているから。

だからケースの内側は冷凍庫のようになっていて、凍っている様子がよくわかりました。

たった500年前まで、生け贄の文化が残っていたことにも不思議な感じがしました。


ちなみにアレキパは、「白い町」としても有名です。
スペイン統治時代の名残で、家などの建物がすべて白い地区があります。

行った感想は・・いまいち。

白い壁に落書きが沢山されていて残念。

DSCF6959_convert_20110619110306.jpg
割ときれいに撮れた一枚。

コンドルの谷

6月14日~18日

クスコからバスで約12時間のアレキパへ。

目的はコンドルを見るため。

エクアドルの動物園でコンドルは見たけれど
やっぱり大空を自由に飛んでいるコンドルが見たいので。

夜行バスで行きアレキパに朝8時半頃着。

そこからチバイという村へ。
途中の道は、ただどこまでも続く荒涼とした大地。

途中で野生のビクーニャを見た。
ビクーニャの毛はアルパカよりずっとしなやかで最高級と言われています。
そのいでたちも首が長く、しなやかでした。

4850m地点で休憩。
ここは人生で最も高いところだったかもしれません。

その日はチバイで一泊。
ここのインディヘナの衣装は、ほぼ全身刺繍。
まばゆいくらいの華やかな衣装でした。

夕食は、フォルクローレのライブを聴きながら食事。


翌日、朝6時半にホテルを出て、コンドルのいる谷、カニョン・デ・コルカへ。
めちゃくちゃ寒い。

胸に期待を抱かせ、コンドルのいる谷へ。


コンドルだ・・・! でかい・・!!

DSCF6899_convert_20110619100626.jpg

しかもとても近い。

DSCF6860_convert_20110619100341.jpg


コンドルは飛びながら、頭をキョロキョロさせて人間たちを見ているようでした。

沢山のコンドルが、静かに、風に乗って悠々と飛んでいる姿は、本当にすばらしかったです。

DSCF6880_convert_20110619103037.jpg

マチュ・ピチュ

6月9日、10日の2日間でマチュ・ピチュへ行ってきた。

1日目(移動、宿泊)

クスコからコレクティーボ(小さい相乗りバス)で2時間でオリャンタイタンボへ。
そこから電車で1時間半でマチュピチュ村に到着。

電車を降りた途端に ホテルの客引きが沢山寄ってきた。
マチュピチュ村全体が観光客向けで、こじゃれたレストランが沢山ある。
街の雰囲気は草津や熱海の温泉街のような感じ。(実際に温泉もあります。)
大きな市場もあり、雑貨などを見たりした。

DSCF6563_convert_20110614063344.jpg
マチュ・ピチュ村の様子


2日目(マチュ・ピチュ当日)

今回の大きな目的は、マチュピチュの隣にあるワイナ・ピチュ登山。

ワイナ・ピチュは1日400人の入場制限があるため、朝3時に起床。
マチュ・ピチュ村からマチュ・ピチュ遺跡に行くための 始発バスに乗るために並んだ。

朝5時半にバス出発。
約30分でマチュ・ピチュ入口に到着すると、
すでにバスを使わず、ふもとから歩いてきた人たちが沢山いた。
無事ワイナ・ピチュの登山許可をもらうことが出来た。

DSCF6643_convert_20110614064650.jpg
*中央の大きい山がワイナ・ピチュ

いざ、ワイナ・ピチュへ。
石の階段を登っていく。

マチュ・ピチュの標高は約2400m、ワイナ・ピチュは2690m。
約3400mのクスコにいたとはいえ、道は急なのでやっぱりきつい。

頂上に近づくと、どうやってこんな崖の上に作ったんだろう。。
と思うところに石積みや階段がある。

約1時間で頂上に到着。

そこからは360度の絶景と、マチュ・ピチュ遺跡が下のほうに見えた。
上には何もさえぎるものがない。ただ空だけ。

インカの人は、太陽に近いこの場所で何を行ったのだろうか、
などと しばし思いにふける。

DSCF6585_convert_20110614063920.jpg
ワイナ・ピチュから見たマチュ・ピチュ

頂上は平らな部分はなく、自然のままの石があるだけ。
ちょっと足を踏み外すと いっきに下まで落ちそうな場所。
毎年落下して亡くなっている人がいるのもわかる。

DSCF6586_convert_20110614064243.jpg
ワイナ・ピチュ頂上の様子


その後は、ワイナ・ピチュの裏手にある「月の神殿」へ。
ここへ行く人はほとんどいないらしい。

途中の道で、本当に観光客に全く会わないので、
ちょっと心配になりながら下ること約40分。

月の神殿に到着。
草むしりのおじさんを見つけたときは、人がいることにほっとした。
静かで神聖な感じの場所だった。

そして約1時間半かけて、マチュ・ピチュへ。
この道が登りが続いて相当きつかった。
途中で何度か心が折れそうになりながら 無事マチュ・ピチュに到着。

テレビや雑誌で見るたびに行きたいなぁと思っていたマチュ・ピチュ。
インカ帝国当時の様子がほぼ忠実に残っているらしく、
本当に素晴らしいものだった。

途中、観光客のおじさんがコカの葉をくれた。
コカの葉はコカインの原料だけれど、
少量であれば高山病などに良いので、クスコではコカの葉は袋に入って
普通に売ってるし、コカ茶もよく飲みます。

おじさんの言う通り何枚か噛んでみた。
噛んでいたら、口の中がひりひりしてきた。
あまり疲れは取れた気はしなかったけれど、おじさんの親切に感謝。

マチュ・ピチュを下り、温泉へ。
水着で入るのでプールような感じだけど、お湯は良い具合のあったかさで疲れが少しとれた。

帰りにちょっとしたアクシデント発生。
事前に購入した電車のチケットを出そうとしたら無い。
一緒にパスポートとスーツケースの鍵も入れていのに、袋ごと無い!

マチュピチュから下ってきたバスの中に忘れてきたのかと思い
夜8時過ぎていたけど、バスの事務所に向かう。
まだ開いていて、事情を説明して待たされること約5分。
あった・・・!そのときの安堵感といったら。

そんなこんなで色々ありましたが、
ずっと行きたかったマチュ・ピチュに行けて本当に良かった。
しばらくは、余韻に浸っていました。

それから今年の7月24日でマチュ・ピチュ発見から100年目らしい。
パスポートに、100周年記念のスタンプを押した。


ありえないようなこと

ペルーに来て、日本ではありえないようなことが沢山起こります。

この前の日記に書いたタクシー運転手のこともそうだけど

例えばツアーの送迎時間に連絡もせず1時間遅れて来たり。
こちらから連絡すると、道に迷っていたとこのと。

昨日は、クスコ周辺の遺跡を馬で周るツアーに参加。

ガイドさんが感じのいい方で、そのガイドさんが、
行きたいと思っていたところのツアーも独自でやっているとのこと。
翌日可能ということだったので、お願いした。

そして当日。寒い中、待ち合わせ時間30分過ぎても来ない。
連絡も通じない。

結局、そのガイドが来なかった理由はわからず、ツアーは無くなった。
経緯は色々あって、だいぶはしょって書いていますが、もどかしい気持ちだけが残りました。

宿の人は
「お金を払ってないなら安心だ」「その人は嘘つきだ」
とようなことしか言わない。
もしかしたらそのガイドに何かあったんじゃないかという心配する気持ちは起こらないのだろうか。

日本で当たり前のことが、当たり前じゃないということを
身にしみて感じている今日この頃。

ある日のペルー

リマでタクシーに乗ったときのこと。

運転手がバックミラーを自分のほうに向けて運転している。
危ないなぁと思いながら乗っていた。

すると信号で止まったとき、運転手が毛抜きでひげを抜き出した。
その面白い光景に心の中で笑ってしまった。
その後も信号待ちの合間を縫って 運転手は地道に毛抜きに励んでいた。

後日、リマ市内の博物館に行ったときのこと。

1000年以上前の土器や織物の中にまぎれて 毛抜きが展示されているではないか。
なんでも古代アンデス文明で ひげを抜く習慣があったのだとか。

すぐにあのタクシーの運転手が思い浮かんだ。
ひげ抜き行為は古代文明からの習慣だったのだろうか。。

でも仕事中に毛を抜くな。。



ちなみにその毛抜きが展示されている博物館は「天野博物館」といって
日本語のガイドがつきます。

入場料が無料なので、説明してくれる方は、ボランティアだそうです。
説明もわかりやすくお勧めです。

その博物館には1000年前の「チャンカイ文明」の織物が展示されており
どれも色彩が美しく、デザインもセンスが良いものばかり。
絞りの布や、チェック柄、レースなどが見られます。


さて、クスコですが、日中は夏のように日差しが強いけれど、朝夜は冬のように寒いです。
日中でも日陰にいると寒く、できるだけ日の当たるところに移動します。

昔、太陽が神と崇められた気持ちがちょっとわかる気がします。

DSCF6496_convert_20110607100647.jpg
クスコの少年とアルパカ。きちんとチップ(撮影料)は請求されます。

クスコ散歩

今日はペルー大統領選挙の日です。

ストライキが起きるかもしれないと聞いていたので
ちょっと心配してましたが、特に何事もなく平和でした。

街を散歩してみました。
観光客が圧倒的に多いです。
日本人らしき人もちょこちょこ見ます。

DSCF6465_convert_20110606082903.jpg
アルマス広場で行われていた踊り

DSCF6470_convert_20110606083642.jpg
観光客も一緒にダンス


それからクスコ2日目にしてお腹を壊しました。
標高の低い海岸沿いのリマから 
標高3400mのクスコに来て、いきなり沢山食べ過ぎたせいかもしれません。


DSCF6479_convert_20110606084506.jpg
スカートに巻く紐と、果物を乾燥させて絵を描いたものを売っていたインディヘナのおばちゃん
写真撮っていいか聞くと、紐を作ってるふりをしてくれました。サービス精神満点。

ナスカの地上絵

本日クスコに到着しました。

これから6/24のインティ・ライミ(インカの太陽の祭)までクスコに滞在する予定です。
クスコはインカ帝国の都で、1年に1回この祭りが行われます。

本日は昼は日本料理(から揚げ定食)、夜は韓国料理(キムチラーメン)を食べ
クスコにいながらアジアを満喫しました。

先日はナスカの地上絵を見て来ました。
スペイン語のガイドさんと1対1だったので
理解するのに苦労しましたが、別の言葉でわかるまで説明してくれ親切な方でした。

ナスカの町から30分くらいのフライト。
テレビや写真でしか見たことがないあの地上絵を生で見れたのは感動でした。

2000年前くらいから地上絵が消えない理由は
太平洋から来る湿った風と 乾いた大地で、
地面が硬く固定されているからのようです。

雨乞い説や天体観測の為など、色々説があるみたいです。

描いた当人たちが見れなかった絵を、
神様に見せようとしたかもしれない絵を
こうして2000年以上たった今、世界中から集まったひとたちが上空から見ているのは
なんだか不思議な気分で、自分たちが今見ている世界も、小さいのかもなぁと思いました。

DSCF6427_convert_20110606082510.jpg
ハチドリの地上絵


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。