CHOCOLATINOのなまけもの日記

新生活

4月から、新しい生活がスタートした。

3月で職業訓練校DTP課を修了し、4月から地元の観光に携わる仕事をしている。

通勤時間 車で20分。勤務先が近くなったことは嬉しい。

都内に勤めていたときは、色んなおいしい店があったり
帰りに軽く呑んで帰ったり デパートに寄れたり それはそれで楽しんではいたけれど。

都会のエネルギーは私にとって凄まじく、休日にパワー補給しても、
すぐに吸い取られてしまう感じがしていた。

自然が多い地元で働けるのは嬉しいし、何よりプライベートの時間が多くもてるのが嬉しい。

通勤が遠ければ、電車の中で本読んだりする時間ができるからよい、という人もいるけれど

私は、どうしても電車の中だと寝てしまうのです。。

始発駅のため、朝は大抵座るけれど、本を読もうとしても、大抵睡魔に襲われる。

電車の睡眠の心地よさといったら・・。いつまでも寝ていたい。。という感じ。

だから、私にとって電車通勤時間は 音楽を聴くか 睡眠か で、あまり有効利用できなかった。

最高で片道2時間近くだったので、往復4時間も通勤に費やすのを考えたら

早く家に帰って 映画1本観たほうが よっぽど有効に時間を使える。


それから、朝の時間にも余裕が出たので、「朝活」を始めたいと思う。

テレビで「最近、朝活をする人が増えている」というのを観て、これはいいなと思った。

朝活とは、文字通り「朝にする活動」で、やる内容は何でもよい。

運動や、読書や意見交換会など・・。それをすることで、1日脳の活動も活発になるとか。

私も4月から実践してみようと思い、出発の2時間前に起きて、ストレッチやヨガ、読書をやってみた。

ここ数日やってみた感想は、心なしか確かに頭がすっきりして目覚めがよい気がする。

3日坊主にならないように、ぜひとも続けたい。


楽しみを見つけながら、日々精進していきたいです☆
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小出裕章さん講演会

3月17日(土)

飯能市民会館大ホールにて、小出裕章さん の講演会が行われました。

小出さんについて。

京都大学原子炉実験所助教。

原子力の平和利用に夢を抱いて 東北大学工学部原子核工学科入学。
しかし 原子力を学ぶ事で その危険性を知り、原子力についての危険性を 40年間訴え続けている。
福島原発事故後の国会でも 参考人として発言し、大きな反響を呼んだ。

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今回 実行委員に母親が携わっているため、私も手伝いで 陰アナウンスを勤めました。
チケットは 3ヶ月前から売り切れ、1200人入るホールが満員でした。

スライドで 図や写真なども取り入れて、とても分かりやすく 説明していただきました。

私自身、原発についてはもちろん、脱原発の立場でしたが、
今回の話を聞き、ますますその気持ちが 強まりました。

福島で 置き去りにされたペットの写真、牛の写真などを見て
(牛は汚染されているという理由で殺戮される)、
怒りや悲しみが こみ上げてきました。

日本のいい部分だけ見て、日本は素晴らしい国だと思っていたし、誇りにすら感じていたけれど、
こんな 信じられないことをしている日本人であること、
それを知らず 無関心でいたことが 恥ずかしくなりました。

他人のことを悪く言って 生まれる絆は 好きではありません。
けれどそうも言ってられないです。

国民は 法律を守らなければ 罰せられるのに、
今回の事故で 政府は 自分たちの都合が悪くなると、都合がいいように 法律を反古にしてしまったそうです。
原発で お金を儲けているのに、放射性物質は 無私物だと言ったそうです。

人に責任をなすりつける、金や自分の立場を守るためには 国民をも犠牲にする。

国民を部下に例えれば、これって、嫌な上司の典型的なパターンですよね・・
日本という国は、嫌な上司を持ってしまったなぁと思いました。

金のために 嘘と隠し事で固められた国は むしろ一度滅びたほうが いいんじゃないかとさえ思いました。

でも、何とか変えようと 頑張っているひとたちが 大勢います。
未来を担うこどもたちも 沢山います。
だから、やっぱり苦しくても、変えてゆかなきゃいけないんだ、と思います。

それから 小出さんの人柄が 素晴らしいと感じました。
私も、他人のために 力を注げる人になりたい、と思いました。
小出さんは、省エネを徹底的に実行していて、研究室ではいつも電気を消して
(パソコンのモニターは明るいので問題ないとか)、エアコンもないそうです。

コストを減らす 省エネじゃなくて、地球のことを思った 省エネって、
本当に、他人や地球のことを考えないと できないんじゃないかと思います。

講演終了後は、交流会に参加しました。
私なんぞの一市民にも、笑顔で接してくださり、本当に素敵な方でした。

小出さんの言葉で 印象的だった言葉があります。

「誰かをカリスマにしようとする考えは間違っている」

誰かに任せるのでなく、ひとりひとりが、自分のこととして考えてゆかなきゃいけない。


下記のアドレスから講演の動画がご覧いただけます。

第一部 開始から休憩まで
http://www.ustream.tv/recorded/21318928

第二部 休憩終了から終了まで
http://www.ustream.tv/recorded/21321147

もしお時間ある方は、ぜひご覧ください!

宮城県石巻市

9月23~25日

宮城県石巻市へボランティアに行きました。

22日の10時半に地元を出発。地元に住むボランティアつながりの仲間4人で行きました。


1日目

朝6時 宮城県石巻市にある 河北ボランティアセンター 到着。

先日襲った台風15号の影響で、床下浸水したご家庭が多く、その掃除などの手伝いをしました。

泊まるところは、RQ河北のボランティアセンター。

築70年にもなる古民家を使っています。

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2日目。


区長さん宅近くの 八幡神社前周辺の泥かきをした。

一人暮らしのおばあちゃんの家の 濡れた畳を外に出して乾かす作業をしましたが、
濡れた畳の重いこと!女性2人で運ぶのは結構キツイです。

あと、みそ部屋の中のものも出して水分をとった。

そのあと、近くの民家で、下水道が泥で埋まったところの泥かき作業をした。

そのあとは、くりこま高原で行われる「万葉祭」というイベントへ。
ボランティアセンターから バスで約2時間。

会場の中央では 野焼きが行われていた。

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出店が回りを囲むように出ていて、お酒や食べ物などが沢山売っていた。

さんさ踊りという、盆踊りのような琉球太鼓のような踊りを見た。

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この万葉祭は、3年前位に始まったイベントで、
100年後も、その先もずっと残していきたい祭りとして 始められたそうです。

焼き物を焼いているのは、火は破壊してしまう力もあるけど、「創造」する力もある、
という前向きな考えで企画されたそうです。

このお祭り、とても良かったです。
日本の伝統芸能も素晴らしいし、自然の中で儀式的に行われる感じや雰囲気。


3日目

朝7時にボランティアセンターを出ました。

そして南三陸町の「福興市」へ。復興じゃなくて 福興 です。

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東北や地元はもちろん、全国の色んな食べ物や 物産品が売っていました。
ステージでは音楽やダンスが行われていました。

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アリーナの中で 語りべの会がありました。被災した方のお話を聞くというものです。

75歳のおじいさんは、戦争、チリ地震の時の津波、東日本大震災と、3回家を無くしたそうです。

今回も地震の直後に すぐに車で 津波からの避難体制に走ったそうです。
自分の身は自分で守る、判断力が大事だと仰っていました。

テレビやネットの映像で、津波のすごさはわかるけど、
その恐怖は、味わった人にしかわからないと言ってました。
本当に、そのときの恐怖は計り知れません。

お孫さんが大学受験を控えていたそうで、でも津波で全部流されてしまったので
諦めていたそうですが、東北大学から支援を受けて、また受験をすることになったそうです。

とても気丈に、はきはきと話して下さっていましたが、
最後に「全国の皆さんから沢山の支援を受けました、言葉にならないくらい感謝しています、ありがとうございます」
と最後のありがとうを言ったとき、抑えていたものが溢れてしまったように泣き声でした。

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宮城県南三陸町

9月18日(日)

宮城県南三陸町に行きました。

市内で、支援物資輸送をしている方々がいて、今回初めてご一緒させていただきました。

被災地の中には 津波の影響で壊滅はしているけれど被災規模(人数、戸数)が他より大きくないため、
物資の届かない集落もあるそうです。

そのような方々を対象に、生活に必要な物資を届けるというボランティアです。


前日の夜中1時に出発し、着いたのは朝8時くらいでした。


被災地に着いての感想は、まだまだ復興まで程遠いということ。

瓦礫がまだ沢山残っているし、打ち上げられた船、倒れた電柱、ぼこぼこの車もそのままありました。

それでも同行した方は、だいぶ瓦礫が片付いたので悲壮感は少なくなった、と仰っていました。


瓦礫の中を歩いていると、メンバーの一人が何か見つけました。

志津川小学校の女の子の、賞状をまとめたファイルでした。

この子や、この子の家族は無事だったのだろうかと思わず考えてしまいます。

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物資の配給は、4箇所まわりました。

ハイエース3台分、目一杯に積んだ物資も、あっという間になくなりました。

コンビニ店員の方は、機械を持っていってソフトクリームを振舞っていました。

暑い中、ソフトクリームは大好評でした。

遠くから大変ね、ありがとう、と東北弁のあたたかい言葉をかけてくださいました。

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集落から海を眺めると、小さい島があったりして、海がきらきら光っていて、

本当に美しい風景でした。海風も心地よかったです。

津波の被害さえなければ、本当にのどかで素敵なところだと思います。

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↑歌津崎から眺めた海

斜面には、津波のとき流されたものが散乱していました。


南三陸町防災対策庁舎を訪れました。

地震当日、ここで24歳の女性が最後まで避難を放送し続け、彼女は津波に流されてしまいました。

今月9月に、結婚式を控えていたそうです。

ここに30名いた職員の方も10名しか残らなかったそうです。

沢山の花やお供え物がしてありました。

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瓦礫はあるけれども、建物の形跡はほとんどなく、

そこに街があった、ということが想像できませんでした。

瓦礫が撤去されたところには草がぼうぼうに生えている場所もあり、

元からそういう場所だったのかとさえ思ってしまいます。


ストリートビューには震災前の様子が残っていると聞き、家に帰って見ました。

そこは私の住んでいる地元と変わらないような町並みでした。

商店街、ガソリンスタンド、コンビニなど。

こんな、日常の風景が、あんな何にもない場所になってしまったんだ・・・・・



今週は 宮城県石巻市に行きます。


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沖縄…石垣島、西表島、竹富島

9月7日~11日

沖縄の石垣島、西表島、竹富島に行った。

海、ジャングルなどの大自然を満喫した。

日本地図でも“ちょん”しかない その島で、沢山の出会いがあった。

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印象に残ったのは、月灯りで行われた三線ライブ。

たまたま夜、外を散歩していると、どこからか三線の音色が。

引き付けられるように向かうと、船着場で三線を弾きながら歌っている人が。

たまたまライブが行われていたようだ。

客は私たちの組と、もう1人と、その歌い手の友人らしき人ひとり。

月の光は明るく、電気なんかなくても十分だった。


セメントの上でごろんと寝転びながら、星空を見て 三線を聴く。

なんとも贅沢な時間だった。


心配していた台風14号もそれて、5日間快晴に恵まれた。

自分たちのことを 嵐を追い出す女 と呼ぶことにした。

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